人妻慶子
sevenseven
2008年02月19日
14,721
私は結婚するまで、何故か独身の女性より人妻との関係が多かったように思います。
19歳で地方から出て来た予備校の同級生に童貞を捨ててから、31歳で結婚するまで独身の女性は4人で人妻は6人という数字です。
私はそんなにハンサムでもなく背も高くありません。
何故か母性本能をくすぐるタイプだそうで、皆さんは私のことを安全パイのように思われていたようです。
その中で今でも年賀状のやり取りをしている慶子(仮名)のお話をさせていただきます。
慶子さんは私が21歳の時にアルバイトに行っていた会社のパートさんで、歳は32歳、女のお子さんがひとりという人妻です。
色白でスリムなのに胸は大きく、女子大生に間違えるくらいの童顔でした。
ある上司の転勤の送別会で隣に座わったのがきっかけで親しくなりました。
お互い色んな相談事をし、下ねたの話も出来るくらいの仲になりました。
ある日、倉庫での荷物検査の時、座って商品の数を数えている慶子さんの胸元からはっきりと乳房が見えた。
その時から私は慶子さんを女性として意識するようになりました。
私が自慰をする相手はいつも慶子さんだった。
ある初夏の頃、私は風邪をひき1週間ほど寝込みアルバイトを休んだことがありました。
その時、休みの慶子さんが昼過ぎ見舞いに私のアパートに来たことが関係を持ってしまうきっかけでした。
私のアパートは6畳一間と簡単なキッチンと狭いトイレという間取りです。
慶子さんは私におかゆを作り食べさすと後片付けを始めた。
洗い物をする後ろ姿の慶子さんの体の線がキッチンの窓から射す光で浮かび上がった。
私の息子が勢いよく立ち上がるのを感じた。
気が付くとベッドから立ち上がり慶子さんを後ろから抱きしめていた。
「・・・芳くん、ダメよ!離しなさい。」と振り向いた慶子さんは言った。
この後、そのままベッドに連れて行き慶子さんの上に覆いかぶさった。
今、思えば完全なレイプだったと思います。
「慶子さん・・・、好きなんです。」
「ダメ、ダメ・・・!」
私の右手はブラウス上から激しく乳房を愛撫していた。唇を奪うと右手はスカートの中に入っていた。
パンティを剥ぎ取るとそのまま私の固くそそり立った息子を挿入した。
慶子さんの体がビクッと激しく揺れたのを感じた。
ピストン運動を繰り返しながらでも慶子さんは私から逃げようと抵抗した。
その頃の私は今とは違い非常な遅漏で最低1時間は頑張れた。
激しく突いて突いて突きまくった。
抵抗が激しかった慶子さんはある時期から声をあげ、私の首に両腕を回し自ら腰を動かすようになった。
ピストンを繰り返しながら大声をあげている慶子さんの着ている物を1枚づつ取った。
乳首が上を向いている見事なきれいなバストが現れた。
憧れの慶子さんが全裸で私に抱かれている。
抱っこスタイルの体位になった時、慶子さんは激しく私の唇にキスを求めた。
結局、遅漏の私は慶子さんを1時間半快楽の世界に漂わせた。
やっと、慶子さんのお腹に射精した。
慶子さんは放心状態が20分ほど続き、シーツを体に巻いて起き上がった。
「芳くん!・・・あなたって凄いのね。私こんなに感じたSEX初めて!」
「・・・・・。」
慶子さんは私の息子の状態を確認すると自ら脚をM開脚し私を誘った。
今度は2時間近いプレイとなり、慶子さんの確認を取り中に出した。
その日を境に慶子さんは完全に私の女性になってしまった。
仕事先の倉庫でフェラをさせたり、2日に1回は私のアパートに寄り2時間はSEXを楽しんで行く。
慶子さんはアパートに来ると自費で食事を作り、掃除洗濯とそしてSEX。独身の私には最高の女性になった。
慶子さんのご主人の転勤の為、私たちの関係は1年ほどで終わったが、慶子さんとは500回は関係を持ったと思う。
その後、私の結婚前と結婚後に5度ほど会って関係を持った。
この正月、友達に会いに私の住む街に来て27年ぶりの再会をした。
慶子さんは60を超えていたが、彼女の童顔のせいかそれとも私も歳を取ったせいかまだ抱けると思った。
彼女は全くそんな気はなく私に会いに来たのだが車でホテルに連れ込んだ。
慶子さんは驚き、もうこの歳では出来ないと言った。
「じゃあ、試してみようよ。」と服を脱がし全裸にした。
少し肉好きが多くなったがバストはきれいだった。
時間を掛け全身を愛撫した。
慶子さんも驚くほど愛液がしたたり、私の年取った息子を受け入れた。
彼女自身10数年ぶりだと言ったが、騎上位になった時、手を後ろに付き大声を上げ腰を上下させていた。
この日は3回。帰るまでの3日間で計10回当然全て中出し。
慶子さんはティシュで秘部を拭いながらこの歳でも出来るものねと言った。
やはり昔、相性の会った相手は時間が経ってもいいものだと思った。
19歳で地方から出て来た予備校の同級生に童貞を捨ててから、31歳で結婚するまで独身の女性は4人で人妻は6人という数字です。
私はそんなにハンサムでもなく背も高くありません。
何故か母性本能をくすぐるタイプだそうで、皆さんは私のことを安全パイのように思われていたようです。
その中で今でも年賀状のやり取りをしている慶子(仮名)のお話をさせていただきます。
慶子さんは私が21歳の時にアルバイトに行っていた会社のパートさんで、歳は32歳、女のお子さんがひとりという人妻です。
色白でスリムなのに胸は大きく、女子大生に間違えるくらいの童顔でした。
ある上司の転勤の送別会で隣に座わったのがきっかけで親しくなりました。
お互い色んな相談事をし、下ねたの話も出来るくらいの仲になりました。
ある日、倉庫での荷物検査の時、座って商品の数を数えている慶子さんの胸元からはっきりと乳房が見えた。
その時から私は慶子さんを女性として意識するようになりました。
私が自慰をする相手はいつも慶子さんだった。
ある初夏の頃、私は風邪をひき1週間ほど寝込みアルバイトを休んだことがありました。
その時、休みの慶子さんが昼過ぎ見舞いに私のアパートに来たことが関係を持ってしまうきっかけでした。
私のアパートは6畳一間と簡単なキッチンと狭いトイレという間取りです。
慶子さんは私におかゆを作り食べさすと後片付けを始めた。
洗い物をする後ろ姿の慶子さんの体の線がキッチンの窓から射す光で浮かび上がった。
私の息子が勢いよく立ち上がるのを感じた。
気が付くとベッドから立ち上がり慶子さんを後ろから抱きしめていた。
「・・・芳くん、ダメよ!離しなさい。」と振り向いた慶子さんは言った。
この後、そのままベッドに連れて行き慶子さんの上に覆いかぶさった。
今、思えば完全なレイプだったと思います。
「慶子さん・・・、好きなんです。」
「ダメ、ダメ・・・!」
私の右手はブラウス上から激しく乳房を愛撫していた。唇を奪うと右手はスカートの中に入っていた。
パンティを剥ぎ取るとそのまま私の固くそそり立った息子を挿入した。
慶子さんの体がビクッと激しく揺れたのを感じた。
ピストン運動を繰り返しながらでも慶子さんは私から逃げようと抵抗した。
その頃の私は今とは違い非常な遅漏で最低1時間は頑張れた。
激しく突いて突いて突きまくった。
抵抗が激しかった慶子さんはある時期から声をあげ、私の首に両腕を回し自ら腰を動かすようになった。
ピストンを繰り返しながら大声をあげている慶子さんの着ている物を1枚づつ取った。
乳首が上を向いている見事なきれいなバストが現れた。
憧れの慶子さんが全裸で私に抱かれている。
抱っこスタイルの体位になった時、慶子さんは激しく私の唇にキスを求めた。
結局、遅漏の私は慶子さんを1時間半快楽の世界に漂わせた。
やっと、慶子さんのお腹に射精した。
慶子さんは放心状態が20分ほど続き、シーツを体に巻いて起き上がった。
「芳くん!・・・あなたって凄いのね。私こんなに感じたSEX初めて!」
「・・・・・。」
慶子さんは私の息子の状態を確認すると自ら脚をM開脚し私を誘った。
今度は2時間近いプレイとなり、慶子さんの確認を取り中に出した。
その日を境に慶子さんは完全に私の女性になってしまった。
仕事先の倉庫でフェラをさせたり、2日に1回は私のアパートに寄り2時間はSEXを楽しんで行く。
慶子さんはアパートに来ると自費で食事を作り、掃除洗濯とそしてSEX。独身の私には最高の女性になった。
慶子さんのご主人の転勤の為、私たちの関係は1年ほどで終わったが、慶子さんとは500回は関係を持ったと思う。
その後、私の結婚前と結婚後に5度ほど会って関係を持った。
この正月、友達に会いに私の住む街に来て27年ぶりの再会をした。
慶子さんは60を超えていたが、彼女の童顔のせいかそれとも私も歳を取ったせいかまだ抱けると思った。
彼女は全くそんな気はなく私に会いに来たのだが車でホテルに連れ込んだ。
慶子さんは驚き、もうこの歳では出来ないと言った。
「じゃあ、試してみようよ。」と服を脱がし全裸にした。
少し肉好きが多くなったがバストはきれいだった。
時間を掛け全身を愛撫した。
慶子さんも驚くほど愛液がしたたり、私の年取った息子を受け入れた。
彼女自身10数年ぶりだと言ったが、騎上位になった時、手を後ろに付き大声を上げ腰を上下させていた。
この日は3回。帰るまでの3日間で計10回当然全て中出し。
慶子さんはティシュで秘部を拭いながらこの歳でも出来るものねと言った。
やはり昔、相性の会った相手は時間が経ってもいいものだと思った。